Unsocial Hours

諜報員の日々のつぶやき

規制を強めすぎて逆に混乱する米国社会

 

お疲れ様です、かるなです。

 

 

 

米ウォールストリート・ジャーナル紙は本日の社説で、米国の政府当局による行き過ぎたコロナ関連規制を批判した。

It’s Still America, Virus or Not - WSJ

 

 

 

同紙によれば、コロナ関連の規制・取り締まりが強まるにつれ、米国各地で行き過ぎた当局の対応が報告されているという。

 

 

 

 

西部コロラド州では、ほぼ誰もいないソフトボール場で、妻と6歳の娘と遊んでいた夫の男性が逮捕された。警察は夫の男性が同州で課されている「集会の禁止」に違反したと述べているが、同州の規定で禁止されていたのは5人以上の集会だという。

 

 

 

また首都ワシントンDCでは現在、たとえ他に誰もいなかったとしても、公園のベンチに座ることは規制違反にあたる。

 

 

 

南東部ケンタッキー州では、イースター期間のキリスト教徒の集会が禁止されているが、それには「車に乗車したままでの集会」も含まれている。

 

 

 

これを受け、信徒側は「宗教活動の自由」に違反しているとして政府を訴えたが、判決は政府側の勝利で終わった。

 

 

 

また最も過激な措置を取っているとして指摘されたのが中西部ミシガン州で、「不要不急の」ビジネスの活動停止に加え、自宅以外の家への訪問を禁止した。

 

 

 

また同州では、お菓子の袋、宝くじは購入OK、植物の種、ペンキは購入NG、ボートへの乗船は自分一人だけならOK(愛犬は同乗可)、エンジン付きボートはNGなど、まさに日本国民が求めているような細かい規制が出されたが、その線引きに疑問の声が上がっている。

 

 

 

このような厳格な規制が各地で敷かれる一方、米国憲法では、宗教活動の自由や集会の自由を政府が制限することは認められていない。

 

 

 

そのため同紙は、米国が直面している問題の一つは「行き過ぎた法執行」であり、「一部の州や地方当局は、外出禁止の実施を担う一方、実施すべき法令の内容を誤解し、分別を失っている」「政府当局の権力は狭められるべき」と訴えた。

 

 

 

 

 

 

 

日本では、緊急事態宣言、特別措置法の内容が拘束力を伴わず、あくまで「要請」「自粛」レベルにとどまっていることに批判が集まっているが、逆に規制を強めすぎて対応を誤ると米国のようになってしまう恐れがあるのかもしれない。

 

 

 

昨今、日本のコロナ対策の「拘束力の弱さ」が国内外で何かと批判を生んでいるが、批判を行う人々は、そのような拘束力の弱い法規制になっている背景まで理解した上で批判しているのだろうか。

 

 

 

日本の法規制の拘束力が弱いのは、憲法上、政府権限の拡大を一定程度に制限するよう定められているからだ。憲法規定に逆らうような拘束力を持つ法律は許されない。

 

 

 

なぜそのような憲法規定になっているかといえば、第二次世界大戦のときのように、政府が独断専行で暴走するのを防ぐためだ。第二次大戦時、日本政府は軍国主義に走り、国際社会の秩序に背いた結果、歴史的敗戦を喫し、原爆投下という大きな被害を負った。

 

 

 

 

いやいや、戦争とコロナは別だろう?コロナのような非軍事的な大規模災害の時くらい例外を認めて政府権限を拡大すればいいじゃないか!という意見もあるかもしれないが、まさにその考えに基づいて憲法改正を訴え続けてきたのが他でもない安倍政権だ。

 

 

 

安倍氏率いる自民党は、2018年3月にまとめた改憲案で、緊急事態条項の新設を掲げた。この条項は、災害やテロなどの有事の際、手続きの省略等、一時的な政府権力の拡大を可能にするものだ。

 

 

 

この改憲案が出されたとき、野党やリベラル派の知識人からは強い反発が上がった(よく駅とかで改憲反対と書かれたチラシを配っている人とかいますよね)。

 

 

 

権力拡大が事実上、無制限であることや、「災害」の定義が広すぎるなど、戦前の軍国主義への回帰を恐れる人々から反対が寄せられた結果、改憲は実現していない。

 

 

 

そして、まさにその「災害」の一つである大規模感染症が発生している今でさえ、改憲反対派の姿勢は衰えていない。

東京新聞:緊急宣言を「改憲に利用するな」 市民ら首相官邸前で抗議集会:社会(TOKYO Web)

新型コロナウイルスを改憲論議に利用する安倍政権のあざとさ 「憲法改正の大きな実験台だ」 | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)

 

 

 

このような緊急事態に向けた権力拡大に反対する人々の主張の一つには、「緊急事態に備えるのであれば、中央政府ではなく地方の権限を高め、個別に対応すればいいではないか!」というものがあった。

 

 

 

しかし、ことコロナに関していえば、各州知事に権限を分散させた結果、地域ごとに足並みが乱れたことに多くの批判が寄せられた。

 

 

 

緊急事態宣言を7都府県に限定すれば、外された地域から批判が上がった。また理髪店・パチンコなど、地域ごとに営業可能なビジネスに差異が生じた結果、許可された地域に人が殺到するなどの問題が生じた。

 

 

 

その結果、人々やメディアは、地方に権力を分散させた中央政府の対応を、責任回避・指導力を発揮できていないと批判する状況に至っている。

 

 

 

 

当初、安倍政権が提案した緊急事態条項の新設に向けた改憲案が、今回のコロナ危機のような自然災害等への対応を念頭になされたものなのか、あるいは野党らが批判するように軍国主義的思想に基づきなされたものなのかは議論が分かれる。

 

 

 

しかし今回のコロナ危機を受け、安倍氏が緊急事態に向けた改憲の動きをより一層強めていくのは想像に難くない。

 

 

 

今回のコロナショックにより、政府権力の拡大について嫌悪感を示す人々の数は、おそらく以前よりも減るかもしれないが、そうなった際、逆に権力を強めすぎた結果、混乱に陥ってしまった今の米国の存在は、良い教訓になるかもしれない。

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

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